Leanな生活について考えるブログ

「LeanStartUp」や「デザイン思考」や「UX」な考え方についていろいろ考えたり、日々の生活で実践したり。

【メモ】 ジャムパン

「俺さ」
 
「ん?」
「アメリカいくわ」
 
 ある夏休み前の学校の話だ。昼休み、俺たちは高校の屋上でいつものように若者らしい不健全な食事をしていた。俺はパンと牛乳、友人はカップラーメン。
 
「なにしにいくん」
「役者になる。ハリウッドの」
 
 錆びた鉄の柵はみすぼらしいがいい味を出している。剥げたタイルの上にはふみにふまれたガムのカス。明るすぎる太陽はいやらしい。馬鹿みたいに熱い、梅雨が明 けたあの日。あ いつはそういうふうなことをいった。似合わないピアスが目に入る。つい最近穴を開けた、ということをこの前聞いた。
 
「・・・アメリカ」
「そのためにアメリカにしばらく住む。そんで探す、役者の仕事」
「ふーん」
 
 手に持ったジャムパンに視線を落とす。購買部にいってみたら新しいパンが入っていたのでよくも見ずに買って見た。新しいパンがでるとなんでも買ってしまう性格なのだ。しかしそれにしてもこれは甘すぎる。しかも馬鹿みたいに大きい。『日本一大きいジャムパン。』見た目どおりそのまんまの名前。
 
 全部食べられそうにない。胸焼けがとまらない。
「どう思う?」
「いいんじゃねえの?なれんじゃん?お前だったら」
 
 牛乳を一気に飲み込んだ。ストローが音を立てる。のどがなる。胸はバキュームのようにすいこむ。頭に血がのぼり、おりていく。空き容器をその辺に投げた。そして左 手で鉄の柵を 握る。目を細めどこか遠くを見ているふりをした。ふりだけで実際にはどこだって見ていない。
 
「才能あるしな」
「別にねえよ」
「お前なんかいろいろ賞とかもらってたじゃん」
「しょせん高校レベルだ」
 
 あいつは上を向きながらわらっていった。そして柵にもたれかかった。
 つかんでいた柵を強めに握りなおした。手のひらに錆がこぼれる感触があった。鉄のにおいがする。懐かしいにおい。小学校の頃の、そう鉄棒のにおいだ。
おれは無表情のまま下を見下ろす。
 
 校庭でサッカーをしている連中が見えた。
この熱さのなか、よくやるよね。額は油っぽい汗でぬらぬらしている。見ていると吐き気がしてくる。朝、お天気のお姉さんがいびつな笑顔をして「今日の最高気温は 34度をこえるでしょう」と言っていたのを思い出す。
 
「金とかどうすんの?」
「ああ、バイトしてる。とりあえず旅費だけは確保する」
 
「・・・あっちでくっていけんのか?」
 
「ストリートミュージシャンとかさ
まあ、なんでもやって暮らすさ。なんとかなるだろ」
「・・・ふーん。そうか。まあ、昔から夢だったもんな、お前」
「そうだな。」
「まったくうらやましいよ。」
「お前もこないか?お前だってアメリカで音楽やりたいっていってたじゃない」
「俺はできないよ」
 
 
『そんな馬鹿なこと』
 ああ、頭の中に台詞が流れ込んでくる。
 
『現実見ろよ、無理に決まってるだろ』
 やってみなければわからないってさ?
 
『夢を見るより大学入るぐらい勉強しろよ』
 大学に入ってなんかやることあるんだっけ?
 
『世の中そんなに甘くねえよ』
 なにを俺はわかったふりをしているのだ?
 そして、俺は努力することをやめる。
 
吐き気がする。太陽のせいか?
 
 …俺はお前が嫌いだ
 
 小声で、つぶやく。聞こえないように。そして同時に聞こえればいいのにという仄かな期待とともに。 
 だけど、あいつはずっと上を向いたまま。
 
「とにかくさ、がんばれよ」
 思ってもないことを口に出す。
 
「ああ。がんばるさ。有名になったら俺のこと自慢できるぜ」
 やつは笑いながら言った。人のよさそうな笑い顔。
 
「・・はは、そうだな」
 俺も笑ってそういった。何かおかしかったわけではない。強いて言うならば、俺は俺を笑っていた。
 
 
「あ、俺今からちょい用事があるんだ」
 
 奴は時計を見ながら顔をしかめた。
 
「授業は?」
「サボるよ」
「そうか。じゃあな」
「ああ」
 
 去り行く背中、右耳のピアス。俺はそれらを見ていた。いや、見ていたというには目が細くなりすぎていたかもしれない。顔は強張っていた。そしてその冷たい視線をそ のまま自分の 右手に。
そこには僕の手のひらで握りつぶされたパンがあった。手のひらに甘いジャムがくっついている。
 
 つぶれたジャムパンをおもいきり空へ投げた。ジャムパンはそのまま美しい軌道を残して地面へ落ちた。決して重力に逆らって空を飛んだりすることはなかった。それはあたりまえの事だ。
 
「ニュートンは偉大だ」
 自嘲気味に俺は言い捨てた。
 
 その後、あいつはアメリカで役者の仕事を探していろいろ動き回っていると聞いた。俺は夏休み明けの課題テストの勉強をしている。
 何も変わらない毎日。
*写真の素材はnature〜空の写真〜さんからいただきました。