Leanな生活について考えるブログ

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邦楽マップ講座 第一回

1.音楽の分類について
 
 さてみなさん、音楽と楽しくおつきあいしていますでしょうか。最近では、CDの売り上げも減ってるし、別に音楽なんてなくてもいいやーってひとも多いかもしれませんね。だけど、大学生になるとカラオケに行く機会は圧倒的に増えるわけですよ。そんなときにそんなわけでこんなもんつくってみた。最近の邦楽の見取り図です。これを元にいろんなひとたちと交流すればいいとおもうよ。とかいいつつまぁそんなもんのためにこれつくったわけじゃなかったりするんだけどね。エーとかなり暴論なんでけっこうむかつく事書いてますが、ファンの人いやなメールとか送る前にちょっと優しい気持ちになって地球の平和とかを考えるといいです。
 
で、いまからこれらのことについて細かくのべていきたい・・・ぜんぶいっきにかいたらものすごいながいので、適当にはしょって書いていこうと思うよ。故に説明不足の感がいなめないけれどもまぁ許せ。疑問があったら自分でかいけつするんだ。ぼくはきみたちをしんじている。
 
2.邦楽全体の構造について
  
まぁなんだ。今回我輩が発明したのがこの図と次のページにってる図なのである。この二つの図は俺がテスト期間中に一生懸命テスト勉強なんて無視してひたすら作ったやつだからみんなありがたがって、ときに感涙しながらみるといいとおもう。2つ目の図は3つの軸を取って音楽ジャンルを分類したものになっていて、1つ目の図は中間層について特に詳しくかいたものなんだが、まぁぱっとみな二がかいてるかわんないとおもうんですが、いまから説明してみるから落ち着いてくれ。
 
3.軸について
 
 x軸(装飾性)、y軸(学歴)、z軸(フィールド)という3つの軸で構成されている。なぜこの軸を根拠にしたかという至極普通の疑問についてはのちほどこたえるとおもう。それは幻想というものがなんなのかということについて考えなくてはならない。んだよ。話が遠回りするがきにしないでくれ。
 

4.幻想について
 
 さて、なぜこの3軸をわたしがとったのか。まぁなんとなくこの軸でとると割合きれいに邦楽がまとまったからっていう結論がぶっちゃけたところなのだが、それについていろいろ考えてみた。
 まぁ、この3軸、特にx軸とy軸の二軸は日本における幻想の大元の二つの中心原理を軸にとっているんです。一つが学校化社会を形成している学歴幻想の軸。もう一つが、明治時代以降流入してきた外国文化幻想の軸(左にいけばいくほど幻想強し、右に行けば行くほど幻想弱し)。 いきなり幻想幻想っていいまくってわけわかんなくなっていると思うんだけれども、これは音楽マップであると同時にさまざまな幻想マップになってるんですね。
 幻想とはなにか。現実に所属しているグループとは別の魂のグループです。いや、別に怪しいもんじゃなくて。ようするに、サークルとか部活とかの、建前の理念みたいなもんですよ。サークルごとに色々違うじゃないですか。空気っていうか。あのサークルでは音楽中心なんだけど、あのサークルでは仲間とわいわいやったりするのが一番いい!的な。あと、男の好みとかでも、フェチ的なもの。それこそメガネ好きとか、ヒップホップ好きとか。そのていどのもの。
 もうすこし詳しくいうとするならば、幻想とは、日本における宗教の代理ともいえるかもしれません。古来日本はアミニズムであり、一神教の伝統はなかった。それゆえ、明治時代以降国をまとめるときに持ち出したのが、万世一系天皇を頂点とする中心原理でした。しかし、次第に70年代を決定的に崩壊し、日本は中心原理を失いました。しかし、人が生きていくには、現実だけをみていくのはつらい。他の人と、共通点をみいだしたい。グループをつくりたい。そのためには中心原理が必要です。その中心原理こそが、幻想の正体であります。一昔前では、その幻想が、「思想」という言葉で成立していた。しだいに言葉に力がなくなり、「音楽」にとってかわられた。そのなかで、ロック雑誌も衰退していく。
 まぁそういった幻想を共通のものとする集団を分類したものが今回の邦楽マップなんだ。もうすこしこの幻想について考察していこうと思う。
 
5.幻想から幻想へ民族移動
 
 最近気になる些細な音楽のニュースがふたつほどあった。それは「くるりの岸田がめがねをやめる」という事件。これはファンサイトなどでそこそこ話題になりました。岸田のめがねといえば、もはやバンドの象徴のみならず、ある種の音楽の象徴であったわけですから。また、勢いが売りとしていたサンボマスターが「ふくよかなリズムで複雑にしていく」という類のコメントをのせたのです。
 日本において「幻想」は、すぐにだめになる。あきられてしまいます。あんだけ世の中を巻き込んだ不良文化だって飽きられるし、エリート文化だって飽きられる。
 それは今まで日本に生まれてきた有象無象の「族」の隆盛衰退をみればわかります。また、日本人があきやすくさめやすい種族であるところをみても。これは結局、歴史が存在せず、かつ、中心原理が言葉で説明しにくい、グループは、万国共通、衰退してしまうものなんです。キリスト教は歴史が存在する。共産主義は思想が存在する。ゆえに続いた。
 メガネ幻想。そして不細工パンク幻想。これらもいずれ崩壊するでしょう。間違いなく。今回の二つのニュースは兆候だとおもうのです。
 幻想がだめになりそうになると、人はどうするか。他の、もっと、「新しい」幻想をさがそうとします。民族大移動です。そしてひとは「ニューフロンティア」を探そうとします。
 しかし全くもって新しい幻想など、もはや幻想の世界においても、そんなに残されていない。そうなると、人はまさにフロンティア、境界をうろつくようになる。ジャズとロックの境界。パンクと日本語の境界。政治とロックの境界。
 ここのところ90年代は、まさにそういった境界ブームでした。しかし境界つったって結局また限りがある。そうなると、今度は中心原理に走ります。「そもそも〜とは」がテーマです。そもそも日本とは、でプチナショナリズム。そもそもロックとはで、骨太ロック。
 くるりとかが最近アメリカントラッドなロックにもどってたのもその辺だと思います。だからめがね(境界ロック)からめがねをはずす(中心ロック)にいくんだとおもいます。サンボマスターも、爆音(中心パンク)から、複雑な音楽性(境界パンク)へと移動する。
 境界、中心。このふたつを幻想をおいもとめていったりきたり。これが幻想の、流行の移動の正体だとおもうわけなんです。そしてまたゼロ年代後半にむけて、いろいろなひとたちがいろいろなおもわくでいろいろやりはじめとるんじゃないかなあと。
 そんなことを思ったりしますね。
 幻想から幻想へと人々はさまよい続ける。いつになったら人々は何か、「たしかなもの」をみつけられるんだろうか。
 
6.次にブレイクする新しい幻想を予測する
  
俺が今次にくるとおもってる幻想は「文系による完全理系原理主義」だとおもってたりしたりする。幻想のいったりきたりにあきてきた、ぼっちゃん層は、そうそう変わらない科学原理に、心のよりどころをもとめたりしたりするのではないかなーと。その兆候は、宮台たんのサイファ覚醒せよ!―世界の新解読バイブル」とかいう劇怪しい本に出てたり。科学萌えな速水(元おくさん)とかいう頭の悪そうな人との対談です。科学萌えな人はよむといいよ。ほら、科学の原理ってそうそうなことでは、かわんないじゃないですか。で、ASIMO萌えとかがくる。
 あと、日本の過去の栄光を考えるに、技術力で世界にほめられた!ってのが鮮明に日本国民のなかに残ってるだろうから、そういうのも技術萌えのひとつになる。
 でも大事なことがある。幻想の偶像についてだ。メガネはだめだ。理系はメガネをかけてるばっかではないので、そうなると今度メガネのかわりにくるのはなにかっていうと、「ぼさぼさヘアー」。これ。これくるよ。みんな。いまのうちだよ。まねすべき。まじ。
 アジカンとかバンプとか先取りね。うん。流行の最先端だね!
 ボサヘアをリーダーとした「電気系ボサ」。これは勘違いしてはいけないのは今の秋葉系とは違います。秋葉系はもはや不潔なアニヲタに占領されてしまった。そうではない。電気系ボサは、不潔ではない。ただたんに数式を愛し、ただひたすらロボットを作り上げる。
 そんな人が戯れに、理論的に音楽をつくる。エレクトロニカっぽいやつを。科学の追及としての音楽。どうよ。萌えじゃね。萌えじゃね。ぼーっとしながらエレクトロニカを作る。
 マップでいうと、右上の批評家層のひとたち。彼らは邦楽、もしくは音楽を聴かないから、理論を教えられたら、そのとおりに、流行とか関係なく音楽を出す。
 そうなったときに今いるひとで誰が近いかっていうと。東京ザヴィヌルバッハとかも入るんじゃないかと。菊地成孔ブームがすごいことに。どうよ。菊地さん、最近洋楽っつうかアジアの音楽とかしかきいてないっていうし。まさに右上の層。電気系ボサを体現していただき、メガネブームの終焉をはっきりとしていただくために、菊地様にもメガネをお外しいただかなければならないのは心苦しいのですが。よろしくおねがいします。なにを。
 まじくるんじゃねーの理系ボサエレクトロニカ。電気系ボサブーム。しってたかおまえら電車男がうけたのだって、文字に電気の「電」がはいってたからなんだぜ。すげえ。
 俺がいつもぼさぼさヘアーだからブームがきてセットするの面倒にならないですむといいなあとかは別に思ってない。ぜんぜん。まったく。これっぽっちも。さらに、流行のもっと先を見つめると、この流行も、理系幻想によるものなので、実際の理系の不潔っぷりや、だめっぷりをみることで、また消え行くものだと。おもいます。諸行無常。
 

7.マッチョラインとガリライン
 
 さて、今度はz軸もふくめた動きに注目してみたい。中間層における、右斜め(v系←→サブカル)、ヒッキー層における右斜め(ヲタトランス←→ゲームミュージック)はガリライン、中間層における(ヒップホップ←→青春パンク)、タイカン層における←斜め(レゲエ←→ヤンキー系)はマッチョラインです。 ガリライン、マッチョラインとかいきなり命名しましたが、まぁようするに、聞いてる人の層のことによる分類なわけですよ。
 ちなみにこのことが意味することは、マッチョな人はドキュンに近づけば近づくほど裸を見せたがり、ガリの人はおぼっちゃまにいけばいくほど、服に無頓着になるという事実。 また、上の体験系の層はマッチョラインがそのまま上にいき、下のヒッキー系の層はガリラインがそのまま下にいっている状態になっているわけです。
 まぁそんなことはどうでもいいんだけど、これらが何を意味してるかっていわれると実は俺もよくわからない(おい)。なんとなく分類してみたらこういうのが見えてきたので面白いなぁっておもったりしてるぐらいだな。とりあえず昔から日本には「ヤンキー」と「ヲタク」という二大古典的分類があって、そういったものが音楽においてもきれいにわかれているんじゃないかなっていうことがわかるぐらいだと思う。
 
8.メガネロックと青春パンク
 
 最後にページがあまったから、メガネロック、青春パンク、学校化社会論でもかいておこうとおもう。おもに右上から右下の話だ。
 くるりを始祖とするメガネロックとはつまり「末期型学校化社会」内部からの反発の象徴であり、青春パンクとは「末期方学校化」外部からの反発の象徴なのであります。
 もっと簡単に言わせていただけるならば、両者とも「末期型学校化社会」のヒーローであるところの「運動もできて勉強もそこそこできて、世の中なんてくだらねーとかいいながらさっさと会社に所属しなんだかんだと出世コースにのってしまうような、イケメン野郎」に対するレジスタンス達なのです。
 仮に、今述べたような典型的な「末期型学校化社会」の「勝ち組」を「人気者組」と名づけるとしましょう。彼らにとっては「前期型学校化社会」の「勝ち組」である、「運動はできないけど勉強はできる」委員長タイプは、「強度」を持たないただのアホであるわけです。いわずもがな「勉強も運動もできずに不細工である」、前期では多少ヤンキー文化として日の目をあびたものの、末期になればただのDQNとしてしか扱われない哀れなヒエラルキーの下っ端などアホ以下、人間にすら見てもらえない。
 そんな20世紀末の彼らは、学校から抜け出すことの出来ない中で、ひらすら悩み続けていた。「ちくしょう、あいつら一人で女をひとりじめしやがって」。しかし、彼らは悩み続け、また弱者であるがゆえに、広い視点をもつことができたのです。「本当にあいつらは勝ち組なんだろうか?俺たちは負け組みなのか?だいたい正しいってなんだよ?勝ち組ってなんだ?」と。「勝ちだの負けだのくだらねーんだよ」と。そういった幻想をもつことになったのです。そんでメガネ族はひたすらその極めて真面目な性格から「音楽」を極めるために古今東西ありとあらゆる音楽を聴き、そしてただ、音楽の快楽に身をゆだねることを覚えました。青春パンク族は、パンクというひたすら音楽なんざわからんでもその場の衝動で叫び、叫び、叫び続け、狭いグループとの一体感を感じることで得る快楽を覚えました。
 そのなかで、メガネとは、ある意味、学校化競争社会のある側面での負け組みたちにとっての生きていく上でのシンボルとなりました。メガネは、メガネでいいと。メガネをコンタクトにして、かっこつけるなんて、バブル組がせいいっぱいオシャレしてかっこつけてるみたいでだせーと。おまえら勝ち組とかいってるけどぶっちゃけかっこわるいぞと。また青春パンクたちは、不細工であることがシンボルとなりました。それは前者のメガネ族たちと同じような理由で、おまえらかっこつけたってそんなもんアメリカさんの借りもんのかっこよさだろうと。横文字並べてかっこつけてんじゃねえぞと。軍隊にでもはいっとけと。ガガガSPとかね。
 まぁそんなわけなのです。メガネ族と青春パンク族は、ゆえに、学校化社会の元々は対立する部族だったわけですが、末期型学校化社会において、負け組という共通点をみつけ融合したりしなかったりしていくのです。
 そんでボサボサヘアの予備校ロックたち、アジアンカンフージェネレーション、サンボマスターたちがうまれていくのでした。
 んでもって、じゃあ、その「末期型学校化社会」の勝ち組である「イケメン」君たちは何を聞いてるかっていうと、タフさの象徴ヒップホップ、もしくはさっさと音楽なんかにみきりをつけて、他の楽しい遊びを見つけているってわけかも。ね。ははっ。
それがつまり「勝ち組幻想」。とういわけでした。
 


そんな感じで、筆がつきたので今回はここまで。もし次回があるとすればほかのジャンルについてもかけたらなあとか思う。それでは。

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