Leanな生活について考えるブログ

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「素晴らしい世界」浅野いにお(溝拾い再録第一回)

 
大学中退、浪人生、フリーター…。次の場所へと向かう若者たちの刹那が描かれた短編集。
 
いつも、僕らの周りをとりかこむ、社会とかいうやつがいる。毎日、いつもしかめっつらで、無表情で、おんなじことばっかり言ってる。正直、もう、うんざりだ。毎日続く同じ風景に嫌気がさし、最悪なことに道端に落ちた小さな小石につまずいて前のめりに倒れこんでしまう。そんなときこそ、チャンスだ。やつは意外にうすのろで、僕たちが最悪な状況でめちゃくちゃに動いてやれば、やつは僕たちについてこれない。そして彼の持っている大きなマントに切れ目が走り、その切れ目から見えるのは、今まであいつが必死で覆い隠してきた、なんとも輝かしい「素晴らしい世界」。この作品にでてくる登場人物は、最近のはやりよろしく、そろいもそろって「どこか駄目」。そしてもちろんそれは、僕たちのウツシエだ。最近、といっても70年代以降少女漫画を中心にでてきた「シチュエーション重視」漫画。それまでの漫画は「ストーリー」に自分を重ね合わせ、彼ら彼女らの非現実的世界での一大スペクタクルをとおして自分の通過儀礼を起こすというものだった。一方「シチュエーション重視」漫画とは「それってあるよね」というような状況そのものを鏡像として面白がる漫画なのだ。
 
でも今ぼくたちは「それってある」と言っているだけでは、うまく生きられない時代に生きている。友達たちとのたわいもないオシャベリのなかでは「それってある」と軽く流している小さな痛み。でも、このとがった小石だらけの今の時代ではあまりにも、痛いことが多すぎて、本当は能天気に笑ってなんていられない。でも、昔みたいに痛いってことを、殊更に社会にむかって大きく叫ぶのも恥ずかしくって、心の擦り傷は、ただただ、しくしく痛むだけ。
 
この「素晴らしい世界」はシチュエーションの描写が非常にリアリティにあふれていて、まさに「それってある」という匂いに満ちている。無駄に上下しない感情の起伏。ただたんたんと過ぎていく日常。そう、「静けさ」こそがこの作品をとおして感じられる「匂い」だ。その静寂の中、静寂そのものに押しつぶされて、くたびれた主人公たちがうごめいている。
 
だからこそ、その対比として、彼らがたまたま目にする「素晴らしい世界」が美しく感じられる。それは本当に瞬間の出来事だ。時にそれは「転んだ拍子に見つけたタンポポ」だったり「空をまう100万円分の紙幣」だったり「離婚して分かれてしまった自分の娘が転んで、それでも立ち上がろうとする瞬間」だったりする。
 
僕たちは、「よくある」そして「自分のような」彼らにぴったり感情移入できるからこそ、彼らと同じぐらい、その瞬間世界を美しいとおもうことができる。そして、彼らと同じように、黙って耐えるしかなかった、小さな傷たちを回復させることができる。
 
もちろんその瞬間は長くは続かず、登場人物たちは、またつまらない同じ風景がつづく「社会」へと戻っていく。でもその足取りは前に比べどこか軽い。
 
そして、やはり、この漫画を閉じた僕たちもまた、足取りは軽い。黙って痛みに耐えているあなたにお勧め。

素晴らしい世界 (1) (サンデーGXコミックス)

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