Leanな生活について考えるブログ

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【メモ】 違法ファイル交換=善 著作権=悪 ?

著作権てむずかしいよね。
 
引用と借用の違いってなんですかね。
まぁ法律よくしらないからくわしいことはかんがえられませんけど。
 
ただ法律的な問題はおいといて
その「守らなければいけない良心」みたいなものに
温度差があるってかんじがします。
 
やっぱ、楽をすることは醜いことです。
と、人間はどっかで判断します。
まぁ楽をして、すごく気持ちがいいけどやっぱうしろめたいなぁとか。こーなかなか素直に喜べなくないですか?ちっちゃなちっちゃな罪悪感をかんじてしまう。
たぶん美の基準のひとつとして
我欲がない、エゴイズムのにおいがない」ところに存在するからだとおもうんですけどね。
得しようとおもう行為ですからね「楽をしよう」という行為は。
 
そんなわけで他人の作品をパクッて自分の作品に使って楽しちゃえっていう行為は、美的感覚からみてすごく醜い行為とみなさんとらえます(あーまぁ原則です、本能のままの行為ととらえるならそれはそれで美ととらえるニヒリズムな方もいるかもしれません)
 
そういう反美的、つまり反道徳的な行為は
法律で禁止しましょうってことでみんな納得しているとおもうんですょ。(細かい法律の歴史のなりたちはしらないけど、一般的にそうおもってるとおもう)
 
だから常識的に考えて
 
パクリ=悪
 
となりえるわけです。
 
ところで著作権問題は最近音楽業界でよく問題となっています。
 
レコード会社は売り上げが落ちたのはwinmxを筆頭とするp2p交換ソフトやコピーのせいだとし、ぶちきれています。
 
最近じゃCCCDなんてものも登場してきて。
この欠陥CDではCD-Rへのコピーやパソコンへの取り込みできないようになっているんですね。
 
まぁそんなこんなでユーザー側はぶちきれます。
ユーザーの中には単純にMP3にしてパソコンでたのしみたいだけで交換なんてしないっていう人もいるのにそういう楽しみすら奪うのかと。
 
まぁこういう人たちはぶちきれて当然だとおもうんですが。
 
またそういう人たちのほかに
mxで交換をやってるユーザーもなぜかきれるひとがいます。
俺は好きな音楽をみんなで共有してみんなで楽しみたいだけだ
レコード会社は自分たちの利益のことしか考えていない
音楽という芸術はみなで引用しあうことで発展すべきだ!と。
 
こういう人たちもいるわけですが、まぁこれはだめですね。あきらかな著作権違反をやっているわけなんでどんだけなにをいおうと許されるものではないでしょう。
 
でも不思議なことに、一見ですが、表面だけぱっときくと
 
レコード会社=悪 で 交換=善に少しみえませんか?
素直な気持ちで普通に聞くと。
よく考えると違うってわかりますが。
 
 
パクリの話にもどると
パクリってのは「楽しよう」とおもってぱくってきた行為じゃないですか。
そうじゃなくて、みんなを単純によろこばせようとおもって、その作品をもってきて表現したのだとしたら。
「得しよう」ではなく「美の追求」として。
多くの人が感動する作品をつくるために。
 
たしかにその「美の追求」にしても、個人の快楽の追及に近いものがあり、そんなんてめえの目標なんざしったこっちゃねえやという方もいるかもしれません。
 
でも彼ら「美を追求するために引用した人々」が金を要求しなかったとしたら、それをはたして人々はみな「反道徳的」といえるんでしょうか。
 
むしろそのほかの人の作品を引用することにより普通に作るより大変なことになっていたりする作品。
その作品の欠点を皮肉としておもしろおがしく描く作品。
 
そんな作品はみんなにうけいれられるわけです。
 
これは「パクリ」ではなく「パロディ」とかわり
著作権違反していても許されることが多いです。
むしろある種の芸術活動としてみなされる。
 
その作品に対する態度。
ここが「パロディ」と「パクリ」の違いな気がします。
 
話がそれましたが
著作権。
 
ここまでの話でいいたかったことは
法律では許されないけれど
道徳にてらしあわせると別にそんなに悪くないんじゃないっていうかんじの問題っていうのが著作権問題の中にはあるんじゃないかってことです。
 
実際、もう何度も多くの人にかたられていることですが
芸術の発展には引用、パクリがあって当然だったわけです。
 
そこに人々が「得をしたい」と考え始めた。
この芸術を所有して、富を築きたいと考え始めた。
 
ここでおそらく著作権ができたのでしょう。
つまりこの法律は「我欲」を肯定している。
 
 
 
 
 
あーきわめてあたりまえなのですが。
 
なんか個人的に昔は良い悪いを法律基準でかんがえていたんですよ。
殺人はなぜいけないか
法律で禁止されているから悪だからと。
 
だけどこの問題を考えているとき
法律はある種の「悪」を肯定していると思いいたったんですよね。
 
いやそれはもちろん人間だったらだれもがもつ
「原罪」の類であって、そんなことをいいだしたらお前金なんてもつなよ、とか
すべてを手放して社会主義でもいけばーみたいなかんじになるわけですが。
ええ、そんなことは無理です。
 
そうなんですけど…。
 
現実問題というのは単純な善悪で決められないってことですね。
そして法律は単純な善悪できまるものではないってこと。
 
善悪の問題は「宗教」や「倫理学」のレベルの話であり
「法律」は決して善悪のみに基づいているのではなかろう、といまさらきづきました。
 
法律ってむずかしいよね。


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